AIの話題というと新しいモデルの性能ばかりに目が行きがちです。しかし今週は、AIを「誰がどう縛るのか」が表に出てきました。州政府、裁判所、そして科学者のコミュニティが、それぞれの立場でAI企業に問いを突きつけています。
この記事では、OpenAIへの州の一斉提訴、AI大手4社を相手取った反トラスト訴訟、Claudeの「発見」をめぐる論争の3つを取り上げます。なお、いずれも報道ベースの情報で、訴えの内容はまだ裁判で認められたものではありません。
8つの州が一斉にOpenAIを提訴
10月15日、米国の8つの州がOpenAIを相手に訴訟を起こしたと報じられました。州はアーカンソー、アリゾナ、アイダホ、アイオワ、カンザス、モンタナ、ネブラスカ、ウェストバージニアで、いずれも共和党の司法長官(州の法律問題の責任者)が担当しています。各州は、それぞれ自分の州の裁判所に別々に訴えを出しました。
Al Jazeeraの解説は、AI企業に対する州の動きとしては最大級の共同歩調だと伝えています。6月にはフロリダ州が同様の訴訟を起こしており、今回はその流れに続くものです。
何が問題とされているのか
報道によると、主な訴えは次の3点です。
- 消費者保護法違反:ChatGPTの安全性について利用者に誤解を与えた、という主張です。ネブラスカ州の司法長官は、13歳未満には不適切なのに子ども向けに安全だと売り込まれていた、と述べたとされます。
- 公衆衛生上の迷惑行為(パブリック・ニューサンス):住民の健康を危険にさらしたという考え方です。たばこや鎮痛薬の訴訟でも使われてきた法的な構成です。
- 有害な振る舞い:チャットボットが妄想を強めたり、危険な行動を後押ししたり、暴力の計画に手を貸したりした、という指摘です。
アーカンソー州は、子どものオンラインプライバシーを守る州法も持ち出しています。親への通知や同意なしに、未成年のデータを集めたと主張しているそうです。
州側は、ChatGPTの仕組みを変える裁判所命令に加え、民事罰(違反に対する罰金)と損害賠償を求めています。アイオワ州は、問題の行為で得た収益の返還も求めたとされます。OpenAIは、確認できた報道の範囲では、すぐにはコメントしていません。OpenAIはこのほか、民間の原告からも多数の訴訟を受けています。
実務上の示唆
- AIの安全性は、連邦政府のルールを待たずに州レベルで追及される段階に入った。州ごとに法律も裁判所も違うため、対応が複雑になる。
- 「子ども向けではない」と書くだけでは足りない可能性がある。年齢確認や保護者向け機能の有無が問われやすい。
- 自社サービスにチャットボットを組み込む企業も、他人事ではない。未成年が使う場面を想定した利用規約と安全対策を点検しておきたい。
- 訴えはまだ主張の段階だ。結論は裁判の進み方を見て判断する必要がある。
「減速の密約」を疑う反トラスト訴訟
2つ目は、9月19日に起きた別の訴訟です。CTVニュースなどの報道によると、カリフォルニア北部地区の連邦地裁に、反トラスト法違反を訴える裁判が起こされました。反トラスト法とは、企業同士が結託して競争を弱めることを禁じる法律です。
被告はAnthropic、OpenAI、Google、そしてxAI(記事では「SpaceXAI」と表記)です。原告は、4社がAI開発のペースを落とす約束を内々に交わし、有料プランの利用者が受け取るはずの価値を減らした、と主張しています。
きっかけはAmodei氏の論文
訴状が引き合いに出すのは、9月12日にAnthropicのDario Amodei CEOが公開した論文です。論文は、安全のために業界全体で協力し、進歩の速度を落とすよう呼びかけました。同じ日に、OpenAIのSam Altman氏、Elon Musk氏、Googleのデミス・ハサビス氏が、それぞれ賛意を示す反応をしたと訴状は述べています。
Amodei氏の論文自体も、独占禁止法のリスクに触れていました。政府が協議の場を仲介するか、少なくとも許可を出し、安全に関する話し合いに限った「狭い免除」を出すと助かる、という内容です。これに対してAltman氏は、免除や新しい法律を待たずに始められる、という考えを示したと伝えられています。
TechCrunchは、3社が数週間前から安全をめぐる話し合いを続けていたと報じています。原告側の弁護士は、AIの安全が営利企業同士の私的な合意で決まってはならない、と主張しています。企業側のコメントは、確認できた報道にはありませんでした。
実務上の示唆
- 「安全のための協力」と「競争を避ける談合」の境界線が、法廷で初めて試されるかもしれない。
- 業界団体や共同声明に参加する企業は、何を話し合い、何を話し合わないのかを記録しておく価値がある。
- 開発速度や価格に関わる情報交換は、どんなに善意でも疑われやすい。法務の確認が欠かせない。
- この訴訟も主張の段階だ。実際に認められるかは、まだ誰にも分からない。
Claudeの「発見」は誰の手柄か
3つ目は科学の現場の話です。Anthropicは、自社のAIエージェント(自分で手順を考えて作業するAI)が、ウイルスの遺伝情報に潜む珍しいDNAのパターンを見つけたと発表しました。Amodei氏はこれを、新しい遺伝子編集の仕組みになりうるものだと語ったとされます。CRISPR(狙った遺伝子を切り貼りする技術)に似た系だという説明です。
この話は9月下旬にも話題になりましたが、CNNの報道で論争の側面が目立ってきました。遺伝子編集企業の株価が、発表後に下がったという話もあります。
専門家の見方は割れている
- ミネソタ大学のAaron Engelhart氏は、結果は遺伝子編集そのものを示しておらず、仕組みの説明にも至っていない、と指摘しました。
- CRISPRの先駆者であるMITのFeng Zhang氏は、会社の発表文の中で「実に興味深い」と評価しつつ、さらなる調査が必要だと述べています。
- コペンハーゲン大学で最近博士号を取ったMario Rodríguez Mestre氏は、未発表の自分の研究が同じウイルスの特徴を扱っていたと述べています。同氏はClaudeを使って研究していたそうです。Anthropicが意図的に借りたとは主張していません。ただ、「自律的な発見」という言葉より、人間の指示や既存の知識が大きく関わったのでは、と疑っています。
関連の報道の大半は、このCNN記事の転載でした。論文の査読(他の専門家による検証)結果は、現時点では確認できていません。
実務上の示唆
- 「AIが発見した」という表現は、どこまでが人間の貢献かで印象が大きく変わる。AIを使った成果を発表するなら、役割分担を具体的に書いておきたい。
- 未発表の研究とAIの出力が重なったとき、先に発見した人は誰かという問題が生まれる。研究データの記録と日付の管理が大切になる。
- 大きな主張ほど、第三者の検証が出るまで一歩引いて見るのが安全だ。
まとめ
今週のニュースに共通するのは、AIの力が大きくなるほど、「誰が責任を持つのか」が問われることです。州政府はOpenAIの子ども向け安全対策を追及し、裁判所は業界の安全協力が談合にあたるかを問われ、科学者は「AIの発見」の手柄の線引きを議論しています。
AIを使う側としては、次の3点が役に立ちます。
- サービスの対象年齢と安全対策を、利用規約と実際の仕組みの両方で説明できるようにする。
- 他社との協力や情報交換は、目的と範囲を文書にして残す。
- AIが出した成果を扱うときは、人間が何をしたかを明確にして記録する。
どの話もまだ決着していません。続報が出たら、また整理してお伝えします。