今週は、AIの「能力」そのものより、その能力を支える土台に注目が集まった一週間だった。学習データの使い方を巡る裁判が本番を迎え、性能を測る物差しも作り替えられた。そしてAIを動かす計算基盤では、特定の半導体メーカーに頼らない仕組みに投資マネーが流れ込んでいる。
著作権を巡る攻防が本番へ、米司法省は「学習は公正利用」、陪審裁判も始まる
米司法省は9月1日、ニューヨーク・タイムズがOpenAIを訴えている著作権訴訟に「意見書(裁判の当事者ではない立場から見解を示す文書)」を提出した。学習に使う分には著作権法上の「フェアユース(公正利用。一定の条件を満たせば著作物を許可なく使える例外)」に当たるという立場を明確にした格好だ。意見書は20ページにわたり、AIの学習は元の著作物を単にコピーして配るのとは違い「非常に変形的な利用だ」と主張している。仮にAI学習が著作権侵害に当たるとされれば、開発企業は個別に許諾を得るための巨額の費用を強いられ、米国のAI開発力が損なわれかねない、という安全保障上の懸念にも触れた。ただしこの意見書に法的な拘束力はなく、最終判断はニューヨーク州南部地区連邦裁判所の担当判事に委ねられている。参考: ghacks記事。
同じ週、画像生成AIを巡る別の裁判「アンダーセン対Stability AI」の陪審裁判が9月8日に開始する。この裁判の争点は「モデル自体が著作権侵害の複製物に当たるか」という理論だ。画像生成モデルのStable Diffusionには学習に使った作品の情報が圧縮された形で組み込まれており、モデルそのものが侵害物とみなされる可能性がある、という考え方になる。もしこの理論が陪審の評決でも認められれば、そのモデルを使って作られたあらゆる画像が「侵害物から派生した複製」とみなされかねず、画像生成AI全般の使い方に影響が及ぶ。参考: Sigma Law Group記事。
実務上の示唆
- 「AI学習は公正利用」という司法省の立場はあくまで一つの意見であり、確定した法解釈ではない。契約や利用規約でのリスク分担を引き続き確認しておきたい
- 画像生成AIを商用利用している場合、アンダーセン裁判の評決次第で利用規約や補償方針が変わる可能性がある。生成物の権利関係を定期的に見直す体制を持っておくと安心だ
- 文章系と画像系で著作権を巡る司法判断の流れが分かれ始めている。テキスト生成AIと画像生成AIでは法的リスクの水準が異なる前提で使い分けを検討したい
AI性能の「物差し」を刷新、飽和したテストを退場させ「不正対策」を強化
AI性能を測る代表的な指標「Artificial Analysis Intelligence Index」の運営元は9月4日、指標を「v4.2」に刷新したと発表した。今年1月の「v4」以来、8か月ぶりの大幅な見直しになる。背景にあるのは、既存のテストの多くが「飽和」してしまった問題だ。科学分野の難問集「GPQA Diamond」は、上位モデルがほぼ満点近くを取れるようになり、実力差を測れなくなったため指標から外された。100点満点のテストで受験者の大半が95点以上を取るようになれば、そのテストではもう差がつかない、というのと同じ理屈だ。
代わりに、実務に近い作業をこなす力を測る「AA-Briefcase」と、4592ページにおよぶ長文書類を読み解く「GDP.pdf」という2つの新テストが加わった。さらに、公開されておらず対策のしようがない「非公開テストセット」の比重を指標全体の40%まで引き上げた。前回のv4.1では20%だったので、倍増したことになる。これは、企業がテスト問題そのものを覚え込ませて見かけの点数を上げる「対策済みの解答」を防ぐための工夫だ。刷新後のランキングでは、AnthropicのFable 5.1が首位、OpenAIのGPT-6 Astraが僅差の2位、Metaのモデルが3位につけている。参考: Artificial Analysis公式記事。
実務上の示唆
- ベンチマークの点数だけでモデルを選ぶと、指標の刷新でランキングが入れ替わるたびに判断がぶれる。自社業務に近い作業で実際に試す評価を並行して持っておきたい
- 「非公開テストの比重が上がった」という変更は、今後モデル間の点数差がより実態に近くなることを意味する。過去の指標との単純比較は避けたほうがよい
- 特定のテストで満点近くを取れても、それが自社の用途で通用するとは限らない。飽和したベンチマークの数字だけに頼らない選定基準を持つことが大切だ
Nvidia一強に風穴、複数チップ対応の推論基盤に450億円超が集まる
AIの「推論(学習済みモデルを使って実際に答えを出す処理)」を担う基盤を手がけるGimlet Labsが9月4日、3億ドル(1ドル150円換算で約450億円)のシリーズB資金調達を発表した。投資会社アンドリーセン・ホロウィッツが主導し、通信半導体大手Armなども参加した。今回の調達で同社の企業価値は30億ドル(約4500億円)に達したという。
Gimlet Labsが手がけるのは、Nvidia・AMD・Intel・Arm・Cerebras・d-Matrixという6社の異なる半導体の上で、AIの処理を自動的に振り分けて動かす仕組みだ。特定の半導体メーカーの製品だけに縛られず、用途やコストに応じて最適なチップを選べるようにする狙いがある。同社はすでに数十億ドル規模の契約済み売上を確保しているといい、今回の資金を使ってデータセンター向けの管理基盤を数百メガワット規模まで拡大する計画だ。マザーボードを持たない、データセンター以外の場所でも使える推論専用サーバーの開発も進めているという。参考: SiliconANGLE記事。
実務上の示唆
- 特定の半導体メーカーに依存したシステム構成は、供給不足や値上げの影響を受けやすい。複数チップに対応した基盤の登場は、調達先を分散させる選択肢として注目しておきたい
- AI活用のコストは学習より推論(日々の利用)の段階で膨らみやすい。推論効率を高める新しいインフラの動向は、直接コスト削減につながる可能性がある
- 巨額投資が続くインフラ企業でも、実際の契約済み売上の規模を見て将来性を判断する視点は投資判断だけでなく取引先選定にも応用できる
まとめ
今週は、AIそのものの賢さよりも、それを取り巻く「ルール」「物差し」「土台」が同時に作り替えられた週だった。著作権を巡る攻防は司法省の意見書と陪審裁判という二つの形で本番を迎え、学習データの扱いを巡る不確実性はしばらく続きそうだ。評価指標の刷新は、AIの実力を測る物差し自体が完成品ではなく、常に更新され続けるものであることを改めて示した。そしてGimlet Labsへの投資は、AIを支える計算資源の選択肢を広げる動きが着実に進んでいることを物語る。派手なモデル発表の裏で進むこうした土台の変化こそ、中長期的に自社のAI活用戦略へ影響を与える要素として見ておく価値がある。